「ちょっと、場所変えようか」
あの後、なまえさんに連れてこられた先は、当人の部屋で。つまり、なまえさんが寝たり、着替えたりしている部屋なわけで。
いや、いきなり刺激強すぎない!?女の人の部屋に入ったの初めてなんですけど!?いやいやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ!
「なんか、大丈夫?ごめんね、狭い部屋で、お茶とかもないまま・・・」
「いやいやいやいや、全然!お構いなく!」
きっちり正座をしている俺の前に、なまえさんもゆっくり座る。
ふと目が合って、そんなに緊張しないでよ、笑った。
「さっきはごめんね、急に。びっくりしたでしょ?」
「あ、いや、まぁ少しだけ・・・。でもなまえさんからは、あまり聞いたことがない音がしてたし、妙に腑に落ちたというか何というか・・・」
「音?」
「あ、俺、昔から耳が良くて。人の心音とか、そういうので相手の感情とかそんなのが何となく分かるんです」
「それは・・・すごいね。便利というべきか、いやでも面倒なことも多そう・・・大変じゃない?」
「いや、もうそれは慣れてるんで・・・」
「そっか。ふふっ、じゃあ、善逸くんには嘘つけないってことかぁ」
そうやって、他愛ない話を少しした。それだけで俺も落ち着いてきて、
自分に気を遣ってくれていたんだと気付いた。
なまえさんからも、少し緊張の音がするのに。申し訳なさと同時に、なんだか少し温かな気持ちになった。
「さっきも言ったけど、あの話、本当なの。私、この世界に人間じゃないんだよね」
そう言って、なまえさんはゆっくり自分のことについて話してくれた。
掻い摘んで言うと、
なまえさんは2年前に今から100年以上未来の世界から来たらしい。でもその世界には、ここにいるような鬼がいたなんて史実はないらしく、異世界、という方が正しいかもしれない、と言っていた。
いきなり現れた彼女に、一時は騒然として相当怪しまれたそうだけど、当人が鬼ではないこと、鬼殺隊のお館様が彼女の証言を信用し、認めたことで、隊内公認の存在となったらしい。
女性が多いということで、この蝶屋敷に身を置くことになったが、何もしないわけにはいかないと、この屋敷の手伝いを申し出て、今に至る。
なまえさんはかなりあっさりと語っていたが、これまでそんな簡単に上手く行くはずがないのは俺でも分かるわけで。
話しながら、時々寂しさや悔しさ、悲しさとかの音が見え隠れしていた。
2年前というと、今の自分とそんなに歳が変わらない。なのに、いきなり違う世界に飛ばされて、鬼なんて得体のしれないものに怯えて、傷付いた人間をたくさん見て、どんな気持ちだっただろう。俺には皆目見当もつかない。それでも彼女は笑っている。
俺は弱いけれど、強くなって誰かを守れる存在になりたいと思っている。
そう、例えば。
今、自分の目の前で穏やかに笑う、なまえさんのような人を。
「善逸くんは優しいね」
しばらくして、なまえさんが言った。
「え、いや、俺なんて全然っ!」
突然言われて慌てて首を横に振る。そんな俺の慌てっぷりを見たからなのか、なまえさんは吹き出して笑った。
「そんなことないよ。善逸くんは優しい。私のために怒ってくれたり、話を真剣に聞いてくれたり。何より、私の話を信じてくれたじゃない」
あ、でもれは音が聞こえるからか、となまえさんは笑うけど、そんなものがなくたって、なまえさんが嘘を吐いてるなんて思うはずがないのに。
「音のことはもちろんあるけど、俺がなまえさんを信じたいから。○○さんと初めて会ってから、まだそんなに経ったわけじゃないけど、俺の知ってるなまえさんは、テキパキ仕事ができて、笑った顔が綺麗で、薬を嫌がる俺に文句も言わずに付き合ってくれて・・・。そうやって俺が見てきたなまえ さんが、俺にとってはなまえさんの全てで・・・・・・それで、だから俺はなまえさんを信じたいし、信じます」
うわ、自分で言ってて訳が分からなくなってきた。とにかく思ってることを全てなまえさんに伝えた。
なまえさんは目を丸くしてこちらを見ていて、そしてすぐに、俺が好きな温かい笑顔で言ってくれた。
「善逸くん、ありがとう」
ああ、やっぱりなまえさんには笑っていてほしい。
でも、どうしてだろう。
今、なまえさんからは悲しい音が聞こえてきた。